金刀比羅宮本宮から奥社へ参拝したことを書いています。
前編の表参道から本宮までの賑わいとは一変し、静謐な空気が漂う参道の様子や、往復で約1時間を要する険しい道のりの注意点をまとめました。断崖に刻まれた天狗の彫物や、讃岐平野を一望する絶景など、奥社まで登った人だけが味わえる感動をお伝えします。
金刀比羅宮の奥社へこれから参拝される方の服装選びや体力配分の参考になれば幸いです。
目次
- 金刀比羅宮本宮から奥社への参道入口
- 金刀比羅宮本宮から奥社へ 真井橋から常盤神社
- 金刀比羅宮本宮から奥社 白峰神社(しろみねじんじゃ)
- 菅原神社
- 奥社を目指して
- 金刀比羅宮表参道から本宮 桜馬場
- 桜馬場西詰銅鳥居
- 卯花谷休憩所から奥社はラストスパート
- 奥社手水舎の碑に元気をいただく
- 金刀比羅宮奥社 厳魂神社
- 威徳巖と讃岐三大天狗金剛坊
- 奥社 厳魂神社
金刀比羅宮本宮から奥社への参道入口
金刀比羅宮の本宮から右手に進むと、奥に進む参道があります。

ここを進むと、鳥居と奥社への参道があります。

ここまで来ていたら、足が疲れてヘトヘトという方も多いかもしれませんが、まだ元気と時間があるようならば、ぜひ先へ進んで奥社へお参りしてみてください。
本宮までとは、違った神社の雰囲気で、良いですよ。
しかし、いくつか注意点があります。
まず、水分補給はできないし、お手洗いがありません。
約1.2キロメートル、石段は本宮から全583段、片道30分ほどですが、小さいお子さんは疲れているようならやめた方がよいです。
目安としては小学校中学年くらいなら大丈夫かな、と思います。
何より暑い時期、夏場は無理しない方がよいです。


それでは、奥社へ参りましょう。
金刀比羅宮本宮から奥社へ 真井橋から常盤神社
鳥居をくぐって、先に進むと、まず見えてくるのは真井橋です。

見ての通り、周囲には山谷が広がり、今までの景色とは全く変わります。
奥に見える歌碑は慶應の山岳部の歌だそうです。
しばらく歩くと、鳥居が見えてきます。

本宮から奥社までは三つの神社があり、まず見えてくるのは常盤神社です。

御祭神は武雷尊(たけいかづちのみこと)と誉田和氣尊(ほんだわけのみこと)です。

本宮までと違って、最初は石段と平面がところどころ続く感じです。
あまりその参道の写真は見たことがないかと思います。
山道だし、何より皆さん疲れている…
金刀比羅宮本宮から奥社 白峰神社(しろみねじんじゃ)
こんな感じで鳥居が見えたら、次の神社です。

鳥居をくぐると白峰神社が見えてきます。

「白峰(しろみね)」とつくと、崇徳天皇をお祀りしています。
明治期、御霊が京都に戻られて祀られた神社は「白峯神宮(しらみねじんぐう)」。
読み方が変わるので難しいですが、金刀比羅宮では「しろみね」と表記がありました。


崇徳天皇と金刀比羅宮の関わりについて書かれています。
保元の乱〔保元元年(1156)〕の後に讃岐国(現在の香川県)にて金毘羅大権現を崇敬し、境内の「古籠所」に参籠されました。また、その附近の「御所之尾」を行宮にされた、と伝えられています。
金刀比羅宮のHPより引用
金刀比羅宮、大物主神と崇徳天皇をお祀りしているのはそういう理由なのですね。
社務所にも人が並んでいます。


徒歩のみなので、本宮から行き来するのは、大変だろうなあと思います。

崇徳天皇の母、待賢門院(たいけんもんいん)と、大山祇神(おおやまつみのかみ)も祀られています。
奥の門には、崇徳天皇をお守りする源爲義(みなもとのためよし)と源爲朝(みなもとのためとも)親子の木像があるのだそうです。

朱塗りの豪華な建物で、厳かな雰囲気の神社です。
菅原神社
崇徳天皇をお祀りした白峰神社を過ぎると、奥社に行く前にもう一つ神社があります。

菅原神社は、菅原道真公をお祀りしています。

道真公は886年から讃岐の国主をつとめたこともあるため、と記載があります。
崇徳天皇と菅原道真公、讃岐ゆかりの二神が奥社にお祀りされているのですね。

奥社を目指して
菅原神社までは、まずまず歩いて来られるのですが、ここからが最後のひと踏ん張りです。


10段ほど上がり、平坦になり、また石段を上る、ここも石段が連続しているのできついところです。
無理をせず、自分のペースで行くとよいと思います。


僕も振り返りながら、写真を撮りながら息を整えます。

平坦な道が続くと、頑張れる気がしますよね。
卯花谷休憩所から奥社はラストスパート
石段の上に朱塗りの屋根が見えてくると、そこが奥社では、と思ってしまいますが、それは最後の休憩所です。

ここから奥社まではあと270段、本当に最後の石段が続きます。
ここからつづら折りのように「くの字」に石段が続きますので、一旦、この卯花谷(うのはなだに)休憩所で休んでいくとよいと思います。

「ええ!ここじゃないの?」という子どもさんの声や、「もう無理…」というこ大人の声も聞こえてきました。
確かに、ここからが奥社の本当に厳しい石段なので、頑張って上ってください。

奥社手水舎の碑に元気をいただく
休憩所から石段を上ると、手水舎があります。

もうこの辺でほとんどの方は「はあ、はあ」と息を切れしていますが、ちょっと横の石碑を見てください。

奥社に五百回、そして千回お参りした、という方の記念碑が建っています。
五百回、千回と奥社にお参りにしたという人がいるのだから、二回目くらいでへこたれてはいけない、そんな気持ちになりました。
この記念碑からは本当に最後の石段で、大変ですけれど、あとひと息です。

ほら、鳥居が奥に見えてきました。
全1,368段、奥社、厳魂神社(いづたまじんじゃ)に到着です。

金刀比羅宮奥社 厳魂神社
奥社にもたくさんの方が参拝に来ていました。

厳魂神社(奥社)
厳魂神社(奥社)の海抜は421メートル、表参道からの石段の数は全1,368段です。「奥社(おくしゃ/おくのやしろ)」は通称であり、正式な名称は「厳魂神社(いづたまじんじゃ)」です。金刀比羅本教の教祖である厳魂彦命が祀られています。
厳魂彦命は、戦国時代に生駒家の家臣の子として生まれ、早くから和漢神仏の学を修め、「宥盛」と称して高野山で修行し、象頭山金毘羅大権現別当金光院主となり、戦国の兵火により荒廃した金毘羅大権現の再興に尽力、金毘羅信仰の発展の礎を築きました。
慶長18年(1613)、「死して永く当山を守護せん」と言い残し、天狗と化して忽然と姿を消したと伝えられています。のちに金毘羅大権現の守護神「金剛坊」として祀られました。
厳魂彦命が祀られる厳魂神社は、〝こんぴらさま〟を見守るかのように、現在も御本宮の方角に向けて建てられています。
金刀比羅宮のHPより引用
奥社は、生駒家の家臣の子宥盛が修行し、後に天狗「金剛坊」として祀られ、金刀比羅宮を守護している、ということなのですね。

授与所では、お守りや木札に列ができていました。


奥社の人気のお守り、天狗御守。

威徳巖と讃岐三大天狗金剛坊
金刀比羅宮奥社の天狗は金剛坊です。
八栗寺にお参りに行った際も書きましたが、こちらの厳魂神社(奥社)の金剛坊、八栗寺の中将坊、白峯山の相模坊が、讃岐三大天狗と言われています。
境内の山の斜面(右側)に、威徳巖(いとくのいわ)という立札がありました。

この崖全体が威徳巖で、この頭上に天狗の面があります。

岩肌の色と同じなので、なかなか見つけにくいですよね。
この岩の形が天狗なのでは?と最初は思っていました。

パッと見てわかる方と、じっくり見てわかる方がいると思います。

左が烏天狗(からすてんぐ)、右が天狗です。
岩の真ん中、窪みのあたりをご覧ください。
天狗の面が二つあります。

ぜひ奥社にお参りに来られたら、ぜひこちらも見つけてください。
奥社 厳魂神社
厳魂神社にお参りします。

朱塗りの建物で、荘厳な雰囲気です。
御祭神は厳魂彦命、先ほどの天狗、金剛坊です。

金刀比羅宮を見守るように、本宮の方向を向いているのだそうです。

お参りをしたら、元来た道を戻ります。
石段を上るのは大変だったけれど、帰りに下りていくのも、結構大変です。
違う足の筋肉を使う感じがするので、慌てず、ゆっくり下りてください。
さて、奥社から再び本宮へ戻り、下向道へ行きますが、帰りのお参りの様子(ここもまだある…)は、また別の記事にしたいと思います。
よろしければ、またお読みください。
金刀比羅宮奥社のお参り、良いお参りになって、願いが叶うと良いですね。
この記事をお読みの方に、幸いがありますように。
それでは、今日はこの辺で。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。